何が何だか

http://hankatoo.blog101.fc2.com/

行ってきます。

8月も後半に入ってやっと天気が少し安定してきた。本当はもう少し後の方がお山も静かなのだろうが、9月に入るとまたどうなるかわからない。思い切ってここで行ってくることにする。

今晩、明日早朝に上高地に着く夜行バスに乗る。明日はコースタイムで6時間ほどの行程にある涸沢というカールの底地点まで。昔はここにテントを張るのはあこがれだった。
最初は16の夏に、最後は20代の半ば過ぎに訪れたそこは今ではどんなだろうか。今回は小屋泊まりだが、どんな感情が私を待っているか。
翌日、天候を見定めてではあるが、北穂東稜という岩尾根をトレースするつもりでいる。最近では、念のためとか言って、すぐザイルを出し、ヘルメットをかぶるのが普通らしいが、そして、それはそれで安全のためには望ましいことではあるのだろうが、私はどちらも使わない。
だいたい今は持っていないから使えないのだが、それは置いておくとして、昔と比べてルートの状態が明らかに悪化しているのならともかく、そこはそれらを必要とはしないルートのはずだ。

アタックする24日午前中だけでも、どうか晴れますように。
25日夜に帰宅する。

DSC00831_1.jpg




今年の夏

今夏、関東地方は雨が多い。すきをついてウォーキングに行くのだが、梅雨時のように一日中降り止まず、出かけられぬこともある。
仮に家の中であってもそれなりに身体を動かさねばと思うのだが、あまり広くない我が家のあまり長くない廊下を歩き継いだり2階への階段の上り下りを繰り返してもなんだかむなしい気もして、せっかく筋肉を追い込んできた(?)のにと、少し焦りの気持ちも湧く。

昨日の朝は久しぶりに散歩に出ることができた。存分に速足ペースで4~5kmを歩き、途中の神社の石段を一段飛ばしで5往復し、汗だくで家へ戻る。
玄関を入るとうら若き女性がニコニコしながら飛びついてくるので、「まてまて、シャワーを浴びなくては」と制する。何日か前から来ている2歳半の孫娘である。
連れ合いにとっては意外、私にとっては当然にも、私にたいへんなついていて、幼児でありながらなかなか趣味がいいとほめたい。やっと文章もどきも話せるようになったこの女性が、なにかというとすぐ私の部屋にやってきて、遊びのお相手をご所望する。
可愛くはあるのだが、疲れもする。昨日の夕方、やっと帰ってくれたので、老妻ともどもほっとして、二人とも今日は昼寝。

それにしても、本当に天候が定まらない。いつの世であっても天候というのは不安定なものであった、という気もするのだが、しかし、ここ数年の気象は、確かに異常に近い。
来週は少し晴れそうだが、もうたぶん夏の初めと同じ力強い青空は望めまい。
とにかく、個人的なことではあるが、8月終わりから9月半ばまでの3週間で、数日の安定した天気の日々があってもらわないと困る。
あと少しの間、筋トレとストレッチをやり過ぎて故障しないように気をつけつつ、60代における最大イベントを無事に成し遂げねばと身の引き締まる思いでいる。

P1020358_1.jpg
ご機嫌取り用トコトコおもちゃ(力作労作)



拾った小説

子供が置きっぱなしにしていった本の中に、吉田修一「東京湾景」というのがあった。
非文学的人間のはずなので少し意外な気がしたが、ま、ガールフレンドにでも勧められて買ったのであろう。読んだかどうか知れたものではない。

それにしても、うまいな。別に読んだからといって人生観変わるというわけではないが、少し気持ちは落ち着くというか心の体積は広がるような気がする。
そういえば、朝日の朝刊の新聞小説は、今、吉田の「国宝」だ。父親を殺されたやくざの息子が歌舞伎の女形としていいところまで行くのだが、いろいろあって現在はだいぶ不遇である。これからどうなるのか、簡単に予想がつかないところが NHK 朝の連続ドラマと違うところだ。
挿絵は「悪人」の時と同じ束芋。あの時も今回も、少し不気味で、見ていて心なごむというのではないけれど、不思議に引っかかってくる絵だ。
吉田にしても、束芋にしても、作品を見ているとなにかやらずにはいられないというせっぱつまった気持ちを強く感じる。それを仕事にしていることは、気の毒なような、うらやましいような。

DSC00821_1.jpg
代わり映えしない。


台風一過

というようなさわやかな一日ではない。
この夏一番の暑さ。今私の頭の横30cmの壁にかかる温度計は36度C近くを指している。

一昨日突如ネット接続ができなくなり、回復するまでに多大の労力を費やした。
結局は、7,8年使っている無線ルーターが故障したためであったが、だいたい何か調べようとしてもネットにつなげないとなると、なかなか進まない。モデムもルーターも説明書閲覧・設定確認変更もネットを通じて行う方式だし、途方に暮れた。有線でつなげばいいのかと思いつくまでにかなりの時間がかかった。実際に有線接続が終わるまでにさらに手間取る。

暑さの盛りの北西角の地獄部屋、といってもつい数年前までは私の仕事部屋兼書斎であったのだが、で何時間も悪戦苦闘することになる。
Lanケーブル接続で繋いだネットで購入した新しい無線ルーターが到着してからも、スムーズではない。パソコンをリセットしないと最後の設定ができないのに気付かず(どこにも書いていなかった)、パソコン本体が壊れたか、あるいは製品の初期不良ではないか、など余計な心配をしつつ、何度も無駄な試みを繰り返した。

時間はかかったとはいえ、うまくいったのだから良しとせねばならないのだが、なんだか少し情けない気持ちもする。
何度も書いたが、いくつかの要素が絡んでいる場合のトラブルについて、原因特定のための取るべき手続きの流れが頭の中ですーっとイメージできた(ような気がした)頃が懐かしい。

そんな時代はなかったような気もするが。

読んだ本。
譽田 亜紀子「土偶界へようこそ」
野矢茂樹が朝日新聞で書評というか紹介していた。つい買う。
なかなかいい。これらを作った縄文時代の人たちは何を思ったのだろう、とこれらの土偶を見る誰でもが思う。

DSC00830_1.jpg




松本竜雄という有名な方でしたが

昔自分が初登攀した谷川岳一ノ倉沢コップ状岩壁をもう一度登りたいと、トレーニングを重ねている70歳近い登山家の姿を、十数年前にテレビで見た。完全に股割などできていて、この人なら十分可能だと思ったことであったが、反面、70近くにもなってよせばいいのにと、非好意的に見ていたようにも思う。

当時はまだ年寄の山登りはそれほど盛んではなかったと思う。今や状況は変わった。

古希まではまだ2年ほどあるが、この夏の終わりに行こうと思っている北穂東稜は、私にとっては16の夏に緊張しつつトレースした初めてのヴァリエーション・ルートであり、少なくとも主観的には同じような意味合いを持つものなのだ、といったら、全く客観的なレベルが違うよと、ケラケラと笑われるのは間違いない。
でも、気持ち的にはそうなのだ。
本当は、その思い入れのあるルートを気心の知れたメンバー二人と一緒に登ろうといろいろ相談してきたのだが、諸般の事情で単独で行くことになりそうである。それはそれで、より印象的な山行になることは間違いなく、いいことなのだと思う。
一人で行こうが、複数で行こうが、困難度も危険度も変わらない。
比較的軽度の事故があった場合のみ、仲間が一緒の方が都合がいいとは思うが、ある意味では仲間がいれば事故の起こる確率も人数倍されるわけで、ごちゃごちゃ考えていてもラチは開かない。

夏山の賑わいが過ぎ去り、紅葉の時期の凄まじい喧騒が始まるまでの2,3週間のうちの、天気のよさそうな日を選んで行って来るのだ。

と何回でも書いておかないと、「まぁやめとこうか」となってしまうのだ。

DSCF4662_1.jpg
東稜から横尾本谷越しの槍ヶ岳(ハーフサイズのカメラで、16歳の夏に)。





FC2Ad